永世中立国のスウェーデンとスイスはソ連軍の脅威から国を守るために核開発を続けました。その過程で両国は協力関係にあったのです。
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# by kawasaki62 | 2018-07-22 16:08 | 尖閣諸島 | Comments(0)
2018年 04月 18日

ロベルト・デュラン  VS  ガッツ石松 (鈴木石松)  (1973年)

 本ブログ名『スウェーデンは準核武装国です。スイスも準核武装国です。』に直接関係のある内容は、下記URLに書きました。





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# by kawasaki62 | 2018-04-18 10:33 | 格闘技 | Comments(0)
2018年 01月 24日

ノモンハンや日米開戦・南京事件を理解していない国立大学教員が太平洋の戦いを描写

 本ブログ名『スウェーデンは準核武装国です。スイスも準核武装国です。』に直接関係のある内容は、下記URLに書きました。




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5つ星のうち2.0

2016年5月6日
著者:一ノ瀬俊也(埼玉大学教員)

1、太平洋における日米両軍の戦闘方法についてマニアックに記述してある。

 ところが、ノモンハン事件に言及しながら、その戦いでのソビエト軍の死傷者が日本軍のそれを上回っていた事実を示す資料がソビエト崩壊後にロシアで明らかになったのに、その事実を書いていない
 著者は、おそらく、ノモンハン事件の通説であった日本軍大敗説が1990年代にひっくり返った重大さを隠したいのであろう。あるいは、日ソ両軍の死傷者数について書いていないのは、そもそも単に人命に鈍感なのかもしれない。いずれにせよ、歴史の専門家としての資質への疑問を感じる。


2、また、日米開戦に海軍が同意したような記述があるが、間違っている。海軍は同意したのではなく主導したのである。
 英米蘭から石油を止められたことにより陸軍の対ソ戦どころでは無くなった時点で、対米戦を強硬に主張したのは海軍だった。永野軍令部総長や山本五十六が対米戦を企画・主張したのである。勝てないのが分かっていながら。
 具体的には、昭和16年7月30日に永野は昭和天皇に対して、「アメリカと勝つことのできない戦いをするしかありません」と上奏しているのである。
 しかも、対米戦は海軍の戦争であると陸軍は見ていて、東南アジアを占領したらすぐに陸軍兵力を中国に戻すことを陸軍は企図していた、と著者自身も書いている。海軍の戦争を海軍が主導しないでどこの誰が主導するのか。
 このような矛盾に気付かない著者は、実は(負けるから)アメリカとの戦争を避けたいと願っていた海軍の本音をそもそも見通せていないのである。仮想敵を米海軍に定めて莫大な予算を第一次大戦以後取り続けていながら、いざ対米戦争が迫ると、「本当は帝国海軍は米海軍に負けます。よって対米戦争には反対します」と面子のせいで言えなかった日本海軍は、本当は対米戦を避けたかったのである。
 では、どうやって対米戦争を避けるか。海軍がとった方法は以下の通り拙劣であった。
 すなわち、危険な対米戦を上記のように海軍が煽ることによって、天皇陛下・首相又は陸軍のいずれかが怖気づいて海軍の対米先制攻撃を止めることを海軍の最高首脳が期待したのである。海軍大臣が首相一任などと言ったのは、まさに、海軍自らはあくまで米国との戦争を望む姿勢を維持しながら、首相が怖気づいてくれるのを期待しただけのことある。首相一任発言をもって、海軍は対米戦を主導していなかったと解釈するのは、それまでの状況を理解できていないだけである。
 そして、最後の最後には海軍首脳の一人が裏から高松宮に働きかけ、宮は昭和16年11月30日に昭和天皇に向かって、海軍は米国との戦争を避けたいと願っている旨上奏したのである(『文芸春秋』昭和50年2月号)。
 このような無責任な海軍の術中に未だに陥っているのが、この本の著者なのである。



3、さらに、南京事件について、「南京城内での便衣兵狩りが無差別に行われた」と記している点でせっかくの力作が傷物になっている。
 著者は一次史料のヴォートリン『南京事件の日々』を読んでいないのだろう。
 ヴォートリンは、南京城内で日本軍によって拘束された中国人男性の中には兵士(=便衣兵)ではない一般市民が混じっていると見て、家族による釈放嘆願署名を集めた。その数は約1,000人に達した。本当は便衣兵なのに駄目元で署名した分や、便衣兵と共犯関係にある者の分も含まれているであろうから、実際は1,000人を下回ると推測される。
 そうすると、日本軍が拘束した中国人男性は約9,000人であるから、間違って拘束したのはその1割未満となる。これは、秦郁彦『南京事件』での一部荒っぽい便衣兵狩りの場面にもかかわらず、日本軍の便衣兵狩りが概ね正確に行われたことを示している。
 すなわち、便衣兵狩りに際しては、中国人青壮年の男性の内、坊主刈・指に銃タコ・額に軍帽の日焼け・軍隊用の下着などを調べて摘発したのであって、そのような手続きを無視した荒っぽい摘発は一部の部隊にとどまったことになるのである。無差別に見境なく男と見れば拘束したのではないのである。
 『南京事件の日々』は、著者のヴォートリン女史の意図に反して、日本軍がほぼ正確に便衣兵という不法戦闘員を拘束していた事実を証明しているのである。ところが、ヴォートリンの『南京事件の日々』を読まないで専門外の南京事件に言及する、という知的怠慢を本書の著者は犯しているのである。

 また、「南京城内での便衣兵狩りが無差別に行われた」のであれば、被拘束者の数が合理的ではない。
 当時、南京城内では市民20万人が居たと推定されている。男が半分とすると約10万人であり、日本軍が拘束対象にしたのは青壮年であるから、もし「無差別に行われた」のであれば10万人の約3割として3万人を拘束することになる。ところが、実際に拘束されたのは上記の通り約9,000人である。これでは、残り約2万人の中には便衣兵が大量に残っていることになってしまい、治安維持の目的が達成されなくなってしまう。
 「無差別に行われた」のに被拘束者数が9,000人では数が少な過ぎる、と気付かないのが本書の著者なのである。

4、著者は、ノモンハンにおける日ソ両軍の死傷者数について言及せず、また、対米戦における海軍の欺瞞に気付かず、そして、南京事件に関する基本的な一次資料も理解していない。そういう人物が国立大学の教員なのである。
 逆説的だが、私達国民の税金の使い道に対する疑問を国民に喚起した価値はこの本にある。

 結局、島嶼戦での日米両軍の戦闘のマニアックな描写に限定していれば、歴史に関する著者の無知振りが暴露されなくて済んだであろう、との実感である。

                                                  以上




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# by kawasaki62 | 2018-01-24 01:12 | 支那事変(=日中戦争) | Comments(0)